
設立年月:1992年11月
活動地域:神奈川県平塚市高浜台
地先海岸の海岸施設
ひらつかビーチパーク周辺
代表者:北澤浩一
同連絡先:平塚市松風町16-32
定例活動:毎月第2土曜日
ビーチクラブが誕生するまで
1990年に神奈川県が相模湾沿岸に展開した、新しい海岸創生のイベント「サーフ'90」で、当時海水浴場が無かった平塚海岸に、ドジ井坂が海水浴の代わりビーチを通年楽しむ「海浜浴」を、そしてビーチバレー、ビーチサッカーなどの様々なビーチスポーツを体験できる「ビーチレジャー&スタジアム」を7月~8月にプロデュースし、その後施設のボードウオークの存続運動などを経て、新たな海辺を行政と協働して活用していこうという地域の人々が集う、日本初の海岸コミュニティ「ひらつかビーチクラブ」は1992年に設立されました。
海岸コミュニティ施設「ひらつかビーチセンター」設立
ひらつかビーチクラブは地域の海辺を一年中楽しむ活動として、欧米の都市近郊にある「パブリックビーチ」づくりを目指し、初めは春から秋までの活動へやがて冬も含めた通年活動になり、1996年に平塚市の尽力により日本初の通年利用施設「ひらつかビーチパーク」が作られました。
この日本初の通年利用施設ビーチセンターは、市民の活動から生まれた施設であり、今後の各地のビーチクラブ活動が認知される証、各ビーチクラブの発展のシンボルとなるものです。
是非、ひらつかビーチセンターおよびひらつかビーチクラブの活動を視察にいらしてください。
ビーチクラブ全国ネットワーク事務局までお問い合わせください。
ビーチクラブの中心は部会活動
ひらつかビーチクラブの組織は、様々に活動する部会の集合体です。ビーチで活動したい意志がある方なら、一人でも活動部会を作ることができます。それぞれの部会の活動状況を相互に理解評価し、ビーチクラブの運営会議として認知していくという自由な形態です。
現在ひらつかビーチクラブとして承認されている部会は28部会メンバーは約200名が活動しています、様々な理由で自然消滅した部会もあります。
ビーチバレー部会は、初代プロビーチバレーボールプレーヤーでもあった川合俊一さん等と作りました。オリンピックへ送る部会は、ひらつかビーチパークで活動する選手がオリンピック代表になった時から始まり、オリンピック年が主な活動期間です。
星を見る会は、夜もビーチを楽しもうということで、天文に詳しい方が夜に天体望遠鏡で星の案内をする活動。パーティ部会はビーチでのパーティを運営しています。地元の漁業組合の協力で「おさかなパーティ」や、ひらつか青年会議所のわんぱく探検隊など、ビーチパーク施設を利用し、ビーチクラブがサポートするイベントにも発展しています。
元旦の「初日の出を見る会」に始まり、毎月第2土曜日に開催する定例会は親子で楽しめ、季節に応じた各体験イベント。夏には、ビーチカーニバルとして、ビーチバレー、ビーチフットボール、ビーチサッカー等の各種全国大会。冬にはクリスマスビーチフェスタをビーチパークで、イルミネーション点灯やパーティー、コンサート、星を見る会などを行い、まさに一年を通して市民の方々と共に海を楽しみながら守る活動が出来ています。
さらなるひらつかビーチクラブの活動と施設の拡充を提案
今後は、各種大会等の大きな事業の充実も勿論ですが、毎月開催している定例活動にも力を入れ、地域の人々が気軽に通年利用できる新たな里浜として、子供そして青少年の健全育成の為の地域教育の拠点としてのビーチセンター、ビーチパークの充実を考えていきたいと思います。その為にはより多くの方々に、この海岸コミュニティとしてのひらつかビーチクラブの役割を理解いただき、平塚青年会議所とともに、平塚市をはじめ行政機関にビーチパークの拡充、第2ビーチセンターの設置の要望をしております。次世代を担う子どもたちの為に地域の大人達が集まって理想の平塚海岸を作る夢をこれからも持ち続けたいと思っています。
北澤浩一氏 湘南ひらつかビーチクラブ会長
昭和30年7月15日の平塚生れ。年齢51歳。日本大学農獣医学部獣医学科卒業。獣医師。現在小動物の病院を経営。趣味はアメリカのカントリーミュージックの中のブルーグラスを愛好。同級生らと30年近くバンドを作り演奏を楽しんでいる。

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